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TAKADANO BARBER

Tokyo, Japan

哀しみのベラドンナ

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『哀しみのベラドンナ』(1973年 日本 虫プロダクション制作の大人向けアニメーション)

文句無しに傑作、正直感動した。巷では所詮アートフィルムのレッテルを貼られているが、とんでもない。がっちりメッセージが詰まっている。

この作品は、先日書いたリメイク版「サスペリア」にも通ずる、「マイノリティーvs権力・社会」がテーマの作品だ。時は60年代半ば~70年代初頭、世界的にサブカルチャー台頭の時代である。ベトナム戦争に代表される社会的混乱を受けて、若者たちが既存の価値観・社会通念に対し、アンチテーゼを叩きつけた。「もうアンタら(社会・大人たち・常識・既成概念の類)の言いなりにはなりまへんで!」ってなムードムンムンの時代だ。それに伴い、それまで社会においてマイノリティーだった、女性・黒人・性的マイノリティーなどの人々が、それぞれ自分たちの権利を主張し出した。

そんな中で生み出された「哀しみのベラドンナ」の、リメイク版「サスペリア」との大きな共通点と言えば、「マイノリティーvs権力・社会」の縮図として、「魔女vsキリスト教社会」を題材としている所だ。“魔女”は、現代社会において、どうしても“悪”というレッテルを貼られてしまいがちだが、実際、中世ヨーロッパでは、例えば薬草を用いて病気を治したり、俗に言うシャーマンのような、崇高で人知を超越した存在で、民衆からはリスペクトされていたようだ。その力を忌み嫌い、キリスト教が、神への冒涜と銘打って弾圧した訳だ。(その代表が魔女裁判。「哀しみのベラドンナ」の主人公、ジャンヌの名も、魔女とされ処刑された英雄、ジャンヌ・ダルクから引用されている事は明らかだ。)「哀しみのベラドンナ」の制作も1973年、リメイク版「サスペリア」の舞台も70年代のドイツ。当時の世界的情勢である“マイノリティーの権利・台頭”が、この「魔女vsキリスト教社会」という題材に、オーバーラップして当然なのだ。付け加えて、「女性vs男性社会」という図式も、両者の“女性が主人公の物語”から、当然のように浮かび上がる。

またアニメ業界にスポットを当てても、権力=ディズニーであり、日本の手塚治虫率いる虫プロダクションは、言わばマイノリティーである。だから、ディズニー作品の十八番である“プリンセスもの”で必ず悪役とされる“魔女”という存在を、敢えて主役とし、さらにその“魔女”をもってして、虫プロなりに“プリンセスもの”を作った、と考えれば、そこにも「マイノリティーvs権力・社会」という構図が浮かび上がる。「哀しみのベラドンナ」は、主人公が魔女、という事以外は、立派なプリンセスのお話・寓話だ。「あんたら権力者(ディズニー)はそう言うけど、ほんまの所、こうなんちゃうの?!」とアンチテーゼを叩きつけた訳だ。

以上のように、こういった作品は、「たかがアートフィルムでしょ?内容なんかありまへん」と切り捨てられがちだが、そのアートフィルム的なエッジの効いた表現の裏側に、創り手の立派な信念やメッセージの大河が流れている。例えばアレハンドロ・ホドロフスキーの諸作品なんかも、“感じる映画”などと切り捨てられ、思考停止状態に陥ってしまうパターンが多いが、いやそうではなく、表現のその奥に潜む、そのアーティストが持っている、一本の筋のようなものに手を伸ばしてみても良いのではないか。

分かりやすい、それだけが表現では、断じて無い!!!

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CENTINELA swastika

センチネラのスワスティカ柄チマヨベストを買った。これからの季節、ヘビロテ筆頭株だ。

スワスティカは、日本だと仏教のシンボルとしてお馴染みだが、世界中でも昔から見られるシンボルマークで、ネイティブアメリカン~ニューメキシコ周辺地域では、4つのL、即ちLOVE・LUCK・LIFE・LIGHTという、非常にポジティブで崇高な意味合いがある。どうしてもナチスドイツのハーケンクロイツを思い浮かべ、拒否反応を起こす人も多いが、そもそもアレは反転しているので違うマークと言えるし、前述したネイティブアメリカンや仏教の方が明確に歴史は古い。要は、このシンボルマーク自身もナチスの被害者であると言えよう。

余談だが、ベストがすこぶる好きだ!これから自身の色んなベストを挙げていく事にする。

モズライト

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修理に出していたモズライトが戻ってきたぞ。ナット&ジャックの修理と、ペクをGOTOのロック式に交換した。思ったより修理代がかさんだので、LIVEで使わないと元が取れん!お楽しみに!

Kenneth Anger

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ケネス・アンガー監督の短編集「マジック・ランタン・サイクル」。本のようだがDVDだ。昨日から早稲田松竹でレイトショーが始まっているが、予定が合わず行けそうにない。無念。その代り、DVD上映との事なので、これがかかっているだろうし、家でこのDVDを観ようかと思う。

ロックンロール愛好家としてはもちろん「スコルピオ・ライジング」は絶対に外せないのだが、世界的に観てかなり最初期にゲイを扱った映画「花火」も、水兵のイメージが印象的でとてもカッコいいです。

ワニ革クロコのパッケージも、フェティッシュで素敵。しかし残念ながら、現在は廃盤のようだ。レコードやDVDの類は、昨今再発してもすぐに廃盤になってしまう始末なので、「おっ」と思ったその瞬間に買っておかなければならない。買うか買わぬか、我々は日々取捨選択を迫られているのだ!

PURPLE RAIN

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無性にPRINCE「PURPLE RAIN」を観たくなって、思わずAmazonでブルーレイを購入。プレーヤーにディスクを挿入して、初めて過ちに気が付いた。日本語字幕が無い!説明をしっかり確認しなっかったせいだ。こういう事をたまにやってしまうのだ。以前は同じCDを2枚買ってしまったりした。これだからネットショッピングは・・・と憤りを感じつつ、自分を呪った。しかし完全にプリンスを味わう口になっているので、再度注文して数日待つなんて考えられないと思い、直ぐ様吉祥寺にDVDを買いに出掛けた。しかし、Yカメラ→Tレコード→Bオフ→Dユニオンをハシゴしたにもかかわらず、どこにも置いていない始末。「あんな名作が無いなんてどうなってるんだ!」と憤慨しつつ、半ば諦めかけで、「そういえば駅のアトレに新星堂があったな」と思い出して、駄目元で行く事にした。失礼ながら、新星堂は、よく商業ビルに入っている、品揃えのイマイチな店、という認識が強かったので、殆ど期待していなかった。しかし、店内に入って、ざっと棚を探すも見当たらなかったので、店員さんに「パープル・レインありますか?」と訪ねた所、すかさず後ろからベテラン風のお姉様、「ありますよ」の一言。棚からパープル・レインのDVDを持ってきてくれた。殆ど諦めていた事も相まって、まさに奇跡の瞬間。「シール付きのDVDもう1枚選んで頂けたら、1枚当たり1000円になりますよ~」のオススメに、感謝の気持ちを込めて、素直に乗る事にした。2枚DVDを購入して、意気揚々と新星堂を後にした。

ネットショッピングも便利で良いのだが、わざわざお店に足を運ぶ事によって、普段行かない新星堂に行き、新たな発見があった訳だ。リアル店舗の良さとは、予期していなかった出会い、この一言に尽きるだろう。失敗・事故・トラブルによって、今まで知らなかった事に出会える。予測できない事の先に、真のワクワクがあるのだ。

とにかく、新星堂さん、そしてベテランのお姉様、本当にありがとう!感謝です。ブルーレイの方は、英語マスターした暁に鑑賞する事にします。

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