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TAKADANO BARBER

Tokyo, Japan

THUNDER CAT

去年SONIC MANIAで観たが、本当にぶっ飛んでしまった。音源も無論良かったのだが、アレがライブでああなるとは・・・しかも3ピースで・・・恐れ入った。そりゃ色んな所で引っ張りだこになるわ。納得。当初後ろ寄りで観ていたが、本当に気付いたら真ん前に居た。完全に音に引き寄せられた形だ。一応映像を載せたが、やっぱあの生で体感した出音には近づけない。とにかく図太い出音とグルーブの洪水。また観たい。

しかしここの所、ベースに夢中だ。

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LATIN探訪 其の1

以前にも書いたが、FANIAレーベルが誇る“サルサのドン”こと、BOBBY VALENTINの、2002年のライブ映像。向かって左の方で、こじんまりと、しかし強烈な存在でもってして、トレードマークであるAmpegのベースを奏でるお方、彼こそがBOBBY VALENTINその人である。

しかし見どころは、約3分辺りから、入れ代わり立ち代わりボーカルで絡んでくる、余程堅気とは思えない面構えの、謎の叔父貴軍団。なんなんだコイツらは!しかも、どいつもこいつも、すこぶる味のある、良い歌を歌いやがる!

ちなみにBOBBY VALENTINの35周年記念ライブという事なんだが、BOBBY氏が服役中ということで、刑務所らしき所で演奏しており、約9分辺りで、ノリノリの受刑者たち(こちらも非堅気)が映るのも見所!

こちらが同ライブのフルバージョン。冒頭、BOBBY氏が牢屋から登場する所も拝める。本当に見所が有り過ぎて、正直2時間あっという間。見終わったら、アドレナリンが出切ってカラカラになりそうになる、危険な代物だ。

こちらも同じ機会に紹介した、同じくサルサの大御所、Oscar D Leonの、2015年の映像。フェスか、何かの授賞式か、そんな感じのライブの模様だ。より洗練された演奏を聴かせてくれて、これまた乙です。途中絡んでくる社交ダンス的な演出も最高だし、最後には司会者も踊り出す始末。陽気で情熱的なお国柄が真空パックされたような映像となっている。

DIMENSION LATINA在籍期の、アップライトベース弾きながら歌う姿も、流石です!!!

手足口病

になりました。手足がとにかく痒い!たまらん。。。

哀しみのベラドンナ

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『哀しみのベラドンナ』(1973年 日本 虫プロダクション制作の大人向けアニメーション)

文句無しに傑作、正直感動した。巷では所詮アートフィルムのレッテルを貼られているが、とんでもない。がっちりメッセージが詰まっている。

この作品は、先日書いたリメイク版「サスペリア」にも通ずる、「マイノリティーvs権力・社会」がテーマの作品だ。時は60年代半ば~70年代初頭、世界的にサブカルチャー台頭の時代である。ベトナム戦争に代表される社会的混乱を受けて、若者たちが既存の価値観・社会通念に対し、アンチテーゼを叩きつけた。「もうアンタら(社会・大人たち・常識・既成概念の類)の言いなりにはなりまへんで!」ってなムードムンムンの時代だ。それに伴い、それまで社会においてマイノリティーだった、女性・黒人・性的マイノリティーなどの人々が、それぞれ自分たちの権利を主張し出した。

そんな中で生み出された「哀しみのベラドンナ」の、リメイク版「サスペリア」との大きな共通点と言えば、「マイノリティーvs権力・社会」の縮図として、「魔女vsキリスト教社会」を題材としている所だ。“魔女”は、現代社会において、どうしても“悪”というレッテルを貼られてしまいがちだが、実際、中世ヨーロッパでは、例えば薬草を用いて病気を治したり、俗に言うシャーマンのような、崇高で人知を超越した存在で、民衆からはリスペクトされていたようだ。その力を忌み嫌い、キリスト教が、神への冒涜と銘打って弾圧した訳だ。(その代表が魔女裁判。「哀しみのベラドンナ」の主人公、ジャンヌの名も、魔女とされ処刑された英雄、ジャンヌ・ダルクから引用されている事は明らかだ。)「哀しみのベラドンナ」の制作も1973年、リメイク版「サスペリア」の舞台も70年代のドイツ。当時の世界的情勢である“マイノリティーの権利・台頭”が、この「魔女vsキリスト教社会」という題材に、オーバーラップして当然なのだ。付け加えて、「女性vs男性社会」という図式も、両者の“女性が主人公の物語”から、当然のように浮かび上がる。

またアニメ業界にスポットを当てても、権力=ディズニーであり、日本の手塚治虫率いる虫プロダクションは、言わばマイノリティーである。だから、ディズニー作品の十八番である“プリンセスもの”で必ず悪役とされる“魔女”という存在を、敢えて主役とし、さらにその“魔女”をもってして、虫プロなりに“プリンセスもの”を作った、と考えれば、そこにも「マイノリティーvs権力・社会」という構図が浮かび上がる。「哀しみのベラドンナ」は、主人公が魔女、という事以外は、立派なプリンセスのお話・寓話だ。「あんたら権力者(ディズニー)はそう言うけど、ほんまの所、こうなんちゃうの?!」とアンチテーゼを叩きつけた訳だ。

以上のように、こういった作品は、「たかがアートフィルムでしょ?内容なんかありまへん」と切り捨てられがちだが、そのアートフィルム的なエッジの効いた表現の裏側に、創り手の立派な信念やメッセージの大河が流れている。例えばアレハンドロ・ホドロフスキーの諸作品なんかも、“感じる映画”などと切り捨てられ、思考停止状態に陥ってしまうパターンが多いが、いやそうではなく、表現のその奥に潜む、そのアーティストが持っている、一本の筋のようなものに手を伸ばしてみても良いのではないか。

分かりやすい、それだけが表現では、断じて無い!!!

CENTINELA swastika

センチネラのスワスティカ柄チマヨベストを買った。これからの季節、ヘビロテ筆頭株だ。

スワスティカは、日本だと仏教のシンボルとしてお馴染みだが、世界中でも昔から見られるシンボルマークで、ネイティブアメリカン~ニューメキシコ周辺地域では、4つのL、即ちLOVE・LUCK・LIFE・LIGHTという、非常にポジティブで崇高な意味合いがある。どうしてもナチスドイツのハーケンクロイツを思い浮かべ、拒否反応を起こす人も多いが、そもそもアレは反転しているので違うマークと言えるし、前述したネイティブアメリカンや仏教の方が明確に歴史は古い。要は、このシンボルマーク自身もナチスの被害者であると言えよう。

余談だが、ベストがすこぶる好きだ!これから自身の色んなベストを挙げていく事にする。

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